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2006年12月22日 (金)

昔話

Takagicamera CONTAX 137MA + Sonnar85/2.8 SRM

私がカメラを始めたのは、確か中学1年の時、
お年玉を貯めた貯金を東京出張に出かける親父に渡し
新宿でカメラを買って来て貰ったのが始まりでした。
特にカメラの指定はしなかったのですが、
今考えると、少ない予算の中で、ボディ+標準+望遠と言うリクエストを叶える為に、
親父は親父なりに考えたのでしょう。
簡単に押すだけで写るAEカメラでは、勉強にならない。
(この時本格的なAFカメラはまだ出現していませんでした。)
かといってマニュアル高級機は予算が足りない。
ミノルタであれば、レンズ資産が家に転がっている。
そぢて親父が買ってきたのはミノルタのSRT-101の中古と
標準50mmF1.4と100-200のズームでした。
ほんとよく考えたチョイスだなと思います。
フルマニュアルカメラと標準レンズ1本。
ズームは私のリクエストでしたので、買ってきたのでしょう。
でも新品ではなくデッドストックでした。
恐らく今は亡きドイで買ったのでしょう。
すごく嬉しくて使っていた記憶があります。
このカメラのおかげで絞りとシャッター速度の関係を覚えました。

中学時代はSRTと親父の持っていたX-1を使っていました。
この時は知りませんでしたが、X-1はかなりマニアックなカメラで、
親父は新品で買ったみたいです。かなり使い込んでいい感じになってました。

時代は変わって高校生になり、通学路の途中にあったキタムラでXG-Eを
標準+ストロボ付き15kで買い、その後は大学時代までメインで使ってました。
AEが使えて便利だったので、重宝しました。
周りは皆AFカメラを使ってましたが、なぜか欲しいとは思いませんでした。
お金も無かったですしね。バイト代は全てガソリン代に消えてましたから。

そして何とか就職して上京したのですが、カメラは実家に置いて来ました。
別に使いたいと思わなかったのと、車に夢中で興味が薄れていたので。
そんな時、群馬のまたまたキタムラでT2が格安で売っていたので衝動買いしました。
これは良く写るカメラでした。特に赤の発色が綺麗でさすがツァイスと思ったものです。
でもこれ1台で買い足す事はしませんでした。

その頃両親がロンドンに赴任していたので、正月休みを利用して遊びに行きました。
この時中古カメラ屋を沢山廻りましたが、特に買いはしませんでした。
変なカメラは買いましたが...
その頃の興味の対象が腕時計に移っていたからです。
でも、帰り際に親父が赤エルマー付きのIIfをくれました。
またここでも親父の策略があったようです。
でも興味が薄れていたので、あまり使いませんでした。

それが変わったのは約1年後に銀座でルサールを何となく買ってからです。
へぇ、こんな面白い世界があったのかと。
気が付くと、旧ソ連製のカメラとレンズを買ってました。
今は亡き荻窪や新宿のロシカメ専門店に通ったりしてました。

ロシカメにはまったのは、ツァイスレンズのコピーが安く買えたからです。
T2でツァイスの良さを知ったけど高くて変えないので、ロシカメに走ったと言う所でしょうか。
結局さんざん買った挙句、ほとんど全て売ってしまいました。
やはりそれなりの品質だったんですよね。
でも、ぼろいロシカメを分解しまくったおかげで、カメラ修理の真似事は覚えました。
今でもジャンクカメラの救出に役にたっています。
当時買った中で手元に残っているのは、ゾナーコピーのジュピター3と
トポゴンコピーのオリオン15だけです。
この2本だけは手放せませんでした。なんかいいんです。

その後、ベッサRが出てこれに飛びつきました。
発売前に予約して買ったのは後にも先にもこれ1台です。
銀塩の新品もこれ1台ですね。
これはこれで便利で使っていたのですが、そのときまた親父が現れました。
なんとM4をくれたのです。実際にはIIfとIIIfとの交換でしたが、
まあこれも貰ったものですからタダですね。
今思うとこれも親父の策略だったのでしょう。ただの趣味かも知れませんが...
あっと言う間にウイルスに感染してしまいました。
DRズミクロンや8枚玉を買ったのもこの頃です。

でも完全には感染していませんでした。
もともとマイナーが好きな性格でしたので、変わったカメラばかり買ってました。
そんなある日ぶらりと寄った北千住で出会ってしまいました。
この後のカメラ泥沼人生となった原因に...

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